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2014年03月06日

朗読? ナレーション? アナウンス? その2

え〜〜前回は「朗読のスピードが速いと聴き手は場面を想像しにくい」というところで終わったのでした。

おさらいになりますが、「朗読」は「音声のみで情景描写」するという定義を私はしました。
つまり、頼るべき情報が「音」と「声」で表現される「意味」しかないということです。
そういうことを踏まえると、やはり読みのスピードは原則的に速くないほうがいいでしょう。
特に、読み始めはかなりゆっくりのほうがいいと思います。なぜなら、聴き手は「これから何を語られるのかわかっていない」というのが原則だからです。
「ゆっくり読む」というのは、ただ単に「物理的にゆっくり」なのではなく、聴き手が場面を思い描く時間を考慮して読むことです。

単純に時間という物理的側面で言うと、だいたいニュースなどの原稿の読みは400字詰め原稿を60秒〜70秒程度で読むというのがスタンダードな速さなのですが、朗読の場合は「聴き手が場面を思い描く時間」を含めて1.5倍くらい、つまり原稿用紙1枚を90〜105秒くらいの速さで読むことになります。
芥川龍之介の「羅生門」の冒頭を参考にしてみましょう。句読点を含んで210文字くらいの文章です。原稿用紙半分強です。

 ある日の暮方(くれがた)の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門(らしょうもん)の下で雨(あま)やみを待っていた。
 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剥(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉烏帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風(つじかぜ)とか火事とか饑饉とか云う災(わざわい)がつづいて起った。


以上の文章を35〜40秒くらいで読むと「ニュース」の速さになります。
だから「朗読」的な速さというのは53秒から60秒くらいということですね。
いちど、ストップウォッチを手にトライしてみてください。

ただ、朗読でも「すでに聴き手に理解されている情報」が伝達されていると判断される頃には、少し速い読みになってもいいと思います。読みのテンポはそのような「聴き手の理解度」や「描写される場面」によっても変わってきます。
これらは「演技」と同じです。
自分ではわかっていることが他人にはわからない。
他人にわかっていることが自分にはわからない。
演技をするときに、自分の演じる役という「他人」が自分の一部になったら、私たちは現実を離れて、虚構の世界の登場人物になります。変身ですね!

ちなみに、参考に挙げた「羅生門」などは朗読されることが多いようですが、厳密に言うと本来の「朗読」用の文章ではありません(笑)
なぜならやはり「読み返しが可能な、あくまで文字で書かれた文章」の作品だからです。
「朗読」には「(語り手の)読み返し」や「(聴き手の)聴き直し」がありません。
冒頭から情報がちゃんと聴き手に伝達できる文章でないと朗読には向かないということが言えます。
しかし、どうしても原文通りに朗読したいという場合は、読みのスピードその他を含めて「しっかりした演出」が必要だと思います。

梯雲演戯ワークスタジオでは来る3月11日(火)に「朗読体験講座」を開講します。ぜひお気軽にご参加ください
参加申し込み、お問い合わせは記事の上記、ヘッダーから〜!
posted by 塾長 at 00:25| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月05日

朗読? ナレーション? アナウンス? その1

朗読とナレーションとアナウンス…
それぞれ「定義」がむずかしいですよね…

な〜んとなく「それは朗読というよりナレーションだね〜」というような判断はあるのでしょうけれど、いまひとつよくわかりません(笑)
辞書で調べてもやはりピンと来ません。
日本語(朗読)と英語(ナレーション、アナウンス)の違いくらいはわかりますけど…。

やっぱりある程度の「定義」をしたほうがパフォーマーにとっても演出者にとってもわかりやすいと思いますので、私なりの考えを述べておきます。

まず「アナウンス」からまいりましょう。

これは「音声のみで情報を伝える」というものでしょう。
わかりやすい。
だから「情報を伝える」ための発音の明瞭度、適切な声量、理解されやすいアクセントなどの「技術的」な部分が多く占めると思います。そしてそこに発話者(アナウンサー)の思いや考えは不要ですね。
いわゆる「淡々と」「明瞭に」読むことが大切です。

さて、ややこしいのが「ナレーション」と「朗読」の境目です。
まず「素材(原稿?)」の違いに着目してみました。
「朗読」と言えるのは「文芸作品」(小説、詩、俳句、短歌、書簡など)などの「心理表現」が中心となるものではないでしょうか?
それに対して「ナレーション」で扱う内容は「客観的事実」に基づくものが中心だと思うのです。
ただし、それらを「音声表現」する際には、朗読だから情感たっぷりにとか、ナレーションだから感情抜きになどと考える必要はないと思います。
ただ、次の要素を加えると若干事情が異なってくるかも知れません。
それは…

「映像の有無」です。

皆さんご存じでしょうけれど、「映像」の持つ情報量は相当なものです。
想像などしなくても「見れば」わかります。
つまり「映像は雄弁」なのです。

そうなると、たとえばテレビなどの映像に音声コメントを付す場合は、その映像の持つ情報量とのバランスで、あまり感情過多に読むと「うるさく」なりがちです。バラエティ番組などのうるささはそこにあるのかも知れません。
ですから一般的に「ナレーション」はその映像の補佐的な表現だと言えるでしょう。
その結果、無感情ではありませんが、アナウンスにやや近くなることが多いように思います。

こう考えていくと「朗読」というのは元来「音声のみ」の表現だと言えるような気がします。
つまり「素材(原稿)」の違いプラス「映像(画像)の有無」で「朗読とナレーションの違い」が明確になるのではないでしょうか?

さて、「朗読」が「映像や画像なしで、音声のみで心理表現する」と考えるならば、提供すべき情報量は「音声」しかないわけですから、あまり早い読みだと聴き手に「情報(情景、状況、人物、心理、行動、地名、人名など)」が理解されない可能性があります。

あれれ?
やけに長くなってしまいました(汗)
続きはまた今度。
posted by 塾長 at 09:37| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

専門学校生への手紙

私は現在、某専門学校で演技の授業を担当していますが、来年度から「実技を指導しない演技の講座」(?)を受け持つことになっています。
そのような事情で、この学校で演技実技を指導するのは現在の1年生が最後になります。

毎年、なかなか私が目指すところに付いてきてくれないことが多かったのですが、この学年は1期生(一番最初に教えた学年)と同じくらいか、あるいはそれ以上にやってくれました。
最後に私にとっていい記念になりましたので、今回初めて学生の皆さんにお別れの手紙を書いたのです。

ついでと言ってはなんですが、自分で書いた手紙を録音しましたので、宜しければ聴いてください。
私は「指導」はできるつもりなのですが「実技」は大したことありません(笑)




この「朗読」を聴いて「無料体験講座行くのや〜めた!」とならないことを祈ります。


posted by 塾長 at 07:00| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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