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2019年03月15日

ムダをさせる役割がエンシュツカ?

ごく稀に舞台やドラマの演出を担当することがあります。(だいだい、5年に1回くらい)
でも、通常は、自分が演出を担当するのではなく、「演出家先生」のお手伝いをすることのほうが多いです。
そういうポジションはなんと言うのでしょうね…。
舞台監督でもないし、演出助手でもないし、ADやFD(これらはテレビか…)ではもちろんありません。

う〜ん、「アドバイザー(助言者)」が近いように思います。
舞台公演やAV作品制作(アダルトビデオではない)をするに当たって、演出から何かを尋ねられたら自分の知っている範囲で答えるということが多いので、やはりアドバイザーが適当ですね。
もちろん私にいわゆる「決定権」はありません(笑)
決定権を持っているのは演出家先生です。

さて、多くの演出家先生と一緒に仕事をしていると、どうにも疑問に思うことがあります。

@本番で使うかどうかわからない大道具を作らせる
A効果があるかどうか不明な衣裳を作らせる
B説明的な効果音を多く求める
C理由を言わずに作り直しを要求する
Dやはり理由のわからない演技表現や動きを求める

それぞれ説明しておきます。

@本番で使うかどうかわからない大道具を作らせる
いろいろと細かい注文をつけて製作させるのは構わないと思います。スタッフもその注文に応じるのが仕事でもありますからね?
さて、稽古が始まってからも手直し(修整)の要求が出るので、そのたびに作業を行います。そして、これが何度も続きます。
やがて本番前の仕込みをしてから「やっぱりカットする」と言われる。
どうして稽古中に、そして、手直しをさせる前に判断できないのか?
なんで「やっぱり」なのか??
徒労を命じるのは「刑罰」です。

A効果があるかどうか不明な衣裳や小道具を作らせる
舞台公演では観客と舞台の間の距離は結構あります。
映像ではアップもあって細かいところまで見えますが、舞台では、あまり細かいところは見えません。
だから舞台で使う「物(小道具)」は現実の物より少し大きめに作るのが原則です。また「現実の物」より、そのように「作った物」のほうが効果的な場合が多いのです。
なのに演出先生は演劇であるにもかかわらず「本物」を要求する。値段の問題ではなく「効果」の問題です。
舞台と映像は違います。

衣裳もそうです。
例えば「小紋」の着物などは舞台では「無地」に見えてしまうことがあります。だから例え「小紋」と言えど、「客席から見て小紋に見える着物」にするのが妥当でしょう。
衣裳も常に「客席から見てどうなのか」を考えるのが演出の仕事です。もし、演出にそれがわからないのなら衣裳担当スタッフにお任せしたほうが安全です。ところが演出先生は自分のことを「全能の神」と勘違いしているのか専門家の提言を認めない。

B説明的な効果音を多く求める
これに当たった音響担当や効果マンは大変です(笑)
ラジオドラマで多くあるのが「足音」の要求です。素人の脚本や演出では「SE 足音」というのが多い。
でも、ちょっと考えてみてください。私たちは日常生活でどれだけ「他人の足音」を意識的に聴いているでしょうか?
視覚障害者であればともかく、健常者はそれほど意識していないでしょう?
別に「足音のSEをつけるな」ということではありませんが、必要以上に「足音」をつけるとウルサくてしょうがない。
効果音はまさに「効果」的でないといけません。
これは音楽でもそうです。

昔、ある放送局のラジオドラマで効果音を担当したとき「蝶の羽音」を演出から求められてウンザリしたことがあります(笑)
一応は作りましたけど本番ではカットされていました。

C理由を言わずに、やり直しを要求する

これはナレーションでも多いです!
「はい、もう一回やってみよう〜」というやつです。
「噛んだ」とかアクセントを間違ったというのはナレーター自身もわかっていることが多いので、それはもちろんリテイク要求に応えます。
しかし、どこに問題があったか言わずに、あるいは「どこが問題だったかもわからない」演出の要求に応えるのは容易ではありません。
仕事では時間が求められます。
いくら時間をかけても良いということではないのですから、お互い「プロ」として問題点を共有することが大切です。

最近のCMで「ぬいぐるみ」の演出が俳優に「言い方チガウ〜」と言っているのがあります。
「アホ演出」というのはああいうのです(笑)

Dやはり理由のわからない演技表現や動きを求める
俳優に表現を求めるのは演出の仕事のひとつでしょう。
中にはすぐに意図のわからない演出もあります。もしそれが俳優に対する、あるいはスタッフに対する「教育」ならば良いかも知れません。
しかし、「教育」はそれなりの知見と体験と配慮のある人がすべきものです。
たまたま手に入れた立場(演出)にあぐらを掻いて「理不尽」(理由を尽くさない)をやっていいものではありません。
出演者やスタッフはもちろん、最終的には観客にもその「理由」が理解される表現を要求しないといけません

以上、私が多くの演出家先生に接してきて感じた疑問です。
ほかにもいっぱいあるのですが、今回はこれにて…





ラベル:無駄  演出
posted by 塾長 at 22:53| Comment(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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