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2018年01月30日

母の思い出B「せん妄(譫妄、せんもう、英:delirium)」B

母の酸素濃度は80台前半を行ったり来たりしていました。
すでに入院も1カ月を越えていました。
少しでも痰を排出できるように、昼間はギャッジ(背もたれ)を少しだけ上げていました。
しかし看護師さんや医師も「痰を排出できないと厳しい」という意見でした。

そんなある日、兄のひとりがいつものように病室にテレビを見にやってきました。
兄のひとりが母と暮らすマンションにはもっと大きなテレビ3台もあるのですが…(笑)

母は相変わらず絶飲食です。
人間、食べられないことは本当に心身ともに辛いですね〜〜〜。
「絶飲食………?………??」
しかし、自分の唾液は飲んでいますよね?
嚥下機能が全く働いていないわけではないのですよね?
いやいや、素人考えですよ。

その頃、私はある「柑橘系」のお菓子を常食していました。子供のころからレモンなどの酸っぱい果物が好きだったのです。

このまま絶飲食ならいずれ死ぬでしょう。
せめて「何か食べている感覚」を最期に与えようと思いました。
「これ、食べるか?」私は母に尋ねました。
すると「うん」と返事するのです。
そこで「舐めるだけやで? 舐めたら吐き出してな?」と言い聞かせて母の口にその「柑橘系」のお菓子を含ませてやりました。
すると来ていた兄のひとりは「そんなことするな!」と言います。

そう言えば、この「兄のひとり」は多くの知り合いに母の状態を吹聴していたようでした。なぜなら母が個室に移ってから、私が何十年も会っていなかった人や、名前しか知らなかった人や、初めて会う人などが母の見舞いに訪れていたのです。
きっと兄のひとりは誰かれなく「もう、おふくろは死ぬ…」とでも言っていたのでしょう。そう言えば私にも「もう死ぬな? 死ぬやろ?」と何度も念を押していました(笑)
私は当然「そんなこと俺にはわかるはずがないやろ」と答えていましたが…。

さて、その「兄のひとり」に私は言いました。
「どうせ死ぬんやから、もうエエやろ」と…。
でも確かに肺疾患の患者に柑橘系はイカンのでしょうね。
※良い子の皆さんは絶対にマネしないように。場合によって傷害もしくは殺人容疑で逮捕されます。

私はお菓子を口に入れてやりました。
母は私の言いつけどおり、クチャクチャと舐めているだけでした。
しばらく舐めたので、「さ、もう出しや」と言ってティッシュペーパーを口に当ててやりましたら、まじめに吐き出しました。
「あ〜〜〜おいしいわ〜〜〜」と言って嬉しそうな顔をした、その直後です。

グボボボボ!!!!

と、この世のものとは思えない音を立てた母は大量の痰を自力で排泄したのです。
小さな茶碗一杯くらいあったように思います。

「あ〜〜〜〜ス〜〜〜〜っとしたぁ!」

その瞬間、酸素濃度が跳ね上がりました。
そして日ごとに回復し、同時に腰椎の圧迫骨折も好転して行きました。
もう自立することはおろか、きっと歩くこともできないだろうと思っていたのですが、ついに自立歩行できるまでに回復したのです。
母と私は単に幸運だったのでしょう。

入院して1ヶ月半あまり経て、母は念願の自宅マンションに帰ることができました。
私もその後、毎日、母のマンションに行って身の回りの世話をしました。
何しろ腰椎はまだ固定しませんので、ギプスの脱着をしてやらないといけません。これは何回か経験しないと難しく、私が看護師さんに教えることもありました。
あ、しかも母と同居している例の兄のひとりは「絶対、何の世話もしない」とおっしゃっていたので(笑)

ところであの時の母に「柑橘系」のお菓子を舐めさせたことは医師にも看護師にも話していません(笑)
しかし、素人なりの判断ですが、あれがきっかけとなって痰を排泄したのではないかと思えるのです。
しかし、本当にたまたまの偶然であり、幸運だっただけです。

これが、母の死ぬ5年前のことでした…。

posted by 塾長 at 18:12| Comment(0) | どうでもいい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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