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2013年12月19日

市川雷蔵

「調べてみたら、紺屋っていうのは〈こうや〉と言うらしいね」

当時、メガネと言えば黒いセルのフレームが一般的だったのに、その人は銀縁のメガネフレームをキラリとさせてそうおっしゃいました。
発言の主は、故市川雷蔵さんです。
今から50年ほども前のことでしょう。
当時私は子役としてナンバの新歌舞伎座に時折出演していました。
今もそうかも知れませんが、座長公演の稽古期間というのは大変短く、1週間程度のものです。
新歌舞伎座で公演が行われる際には、裏にある「一栄旅館」(現、ホテルICHIEI)で稽古が行われていました。その旅館の大広間が稽古場です。
もうどなたがその場にいらっしゃったのか覚えていませんが、主演の市川雷蔵さんを始め、共演者は朝丘雪路さん、柳永二郎さん、伊達三郎さん…そして父上の市川壽海さんが共演なさっていたのは覚えています。

作品は市川雷蔵さんの当たり役であった「若親分」シリーズを舞台化したものでした。もう1作は「切られ与三郎」だったと思います。このとき市川雷蔵さんは30歳くらいですでに大スターでした。
冒頭のセリフは「切られ与三郎」の読み合わせのときのものではなかったでしょうか。
確か…朝丘雪路さん扮する「お富」に対する説明で「おみゃぁは桑名の伊勢萬の娘じゃにゃぁきゃ」というセリフのあとに、その伊勢萬が「紺屋」だったとかなんとか…違うかな…(笑)。このセリフを言う俳優さんは名古屋弁の発音に苦労されていました(笑)
いずれにしても「俳優というのは台本全部の、しかも自分のセリフではないものも調べるものなのだな」と思いました。
また立ち稽古に入っても市川雷蔵さんは「ここはこう動いたほうがエエのと違う?」(関西弁)とか「こうしようよ」と提案していらっしゃいました。まあ、「座がしら」の立場だからできることなのかも知れませんが、本来の作品づくりというのは関係するもの全員の意見の集約だと思います。あれも勉強になりました。

さて、稽古が終るといよいよ新歌舞伎座での舞台稽古です。
舞台奥は川が横切っている設定で、土手があり、その土手には材木がたくさん立て掛けられています。
伊達三郎さん扮するこのあたりの…ヤクザなのでしょうか…周囲を威嚇するためなのか皮のムチで舞台を叩きます。
バチンっ!
その音に驚いて、そこで遊んでいた子供たち(私を含む)や、赤ちゃんをおぶった若い子守のお姉さんが思わず逃げます。すると立てかけられていた材木に子供たちが誤ってぶつかって、材木がバラバラと音を立てて崩れます。すると、その向こうに純白の海軍の軍服に身を包んだ「若親分」が客席に背を向けて座っていた!
客席から「ライちゃん!」「若親分」と声がかかり、万雷の拍手が…万雷の…

という「若親分」初登場のシーンなのですが、その「材木にぶつかる」という役を私がやることになってしまいました。そんなもん、子供に急にできるわけがありませんが、演出家大先生の指示です。しょうがない。
子供なりに腹をくくってトライしましたが、どうしても材木を崩すスタッフと呼吸が合いません。
舞台スタッフも演出も口ぐちに「ああしろ! こうしろ!」と私を叱責するのですが、どうしてもできません。何回やってもうまくできなくてとうとう演出が「もういい! お前はこのシーンに出るな!」と言いました。子守のお姉さん役がこの材木崩しの担当になり稽古は進みました。
降ろされた私がすごすごと下手の袖に入りましたところ、そこに朝丘雪路さんがいらっしゃって、
「かわいそうに…ひどすぎるわよ…こんな子供に…」
と言って、あろうことか稽古中の舞台に出て、客席の演出家大先生に向かって
「相手は子供なんですよ! あんまりひどいことを言わないでやってください!」
と抗議してくれました(涙)
今から思えば、いくらスターでも演出に、しかも稽古の最中に抗議するというのは大変なことです。
私はいつか朝丘雪路さんにお礼を言いたいと思っています(笑)

まあ、あれは「演出」の古臭い常套手段なんですよね…。
本番前に気合を入れるのに俳優の誰かを降ろすのです。それが子役だったら周囲は「自分もいつ降ろされるかわからない」という恐怖を感じます。そこが狙いです(笑)
今も確か…劇団一季じゃなくって…二季でもなくて、三…どこだったかでもそんなことがあるようです。
あれ? あ…市川雷蔵さんの話でした(笑)

実はもう市川雷蔵さんの思い出はありません。
その後も1回くらい座長公演に出た記憶があるのですが曖昧です。
中学のときに死去の報を聞きましたが、あまりに若い死に驚きました。
でも、確かにダンディでしたなぁ〜。
posted by 塾長 at 09:14| Comment(2) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
共演だなんて全くうらやましい限りです。私からすれば果たせぬ夢物語です。メガネは”殺陣師段平”の澤田正二郎役のようですね。どんなに知的で素敵なお姿だったでしょう。貴重な記憶を大切になさってください。
Posted by 高橋美晴 at 2016年03月08日 14:58
高橋 様
わざわざコメントを書き込んでくださりありがとうございました。
映画「殺陣師段平」でも銀縁のメガネをかけていらっしゃいましたね。そうです。あのようなメガネを舞台の稽古場(読み合わせ)でもかけていらっしゃいました。
映画のままのあの柔らかい声で、偉ぶらず、共演者と楽しそうに稽古なさっていました。

ありがとうございました!
Posted by 塾長 at 2016年03月08日 15:09
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