2018年8月からしばらく閉講します。 また年度変わりに受講生を募集してみます。

小学校低学年から大人まで、年齢も性別も分野も幅広く習うなら「まふじ演技スタジオ」へ!

まふじ演技スタジオ連絡先.jpg ←まふじ演技スタジオへのお問い合わせ

2020年03月15日

追悼:別役実

とうとうこの日がやってまいりました。
別役実氏を追悼いたします。

いつぞやのブログにも書いたかも知れませんが、私は「別役実作品」が苦手でした。
かつて、大阪の劇団はこぞって「別役作品」を上演していた時期がありました。
当時所属していた劇団や俳優の間でも「別役〜、ベツヤク〜、べ〜つ〜や〜く〜〜〜!!」とうるさかったものです。
同氏の名前こそは知っておりましたが、恥ずかしながら実際に上演作品を見たことがなく、その作品を読んだこともない私でした。


ところが自分と養成所で同期だった俳優が「別役作品」に出演するというので、義理もあって、初めて観劇に行きました。
すると「妙に間の多い、もっちゃり〜ねっとり〜とした舞台」でした。
「有名な劇作家の作品は見ておかねばならない」と思って出参した次第ですが、いやはやなんともはや………
あまりに「妙な間」が多すぎて、体調を崩しました(笑)

「これが新劇というものか?」とその場は自分を納得させないとしょうがなかったのですが、「こんなつまらん、妙な作品をやるのが新劇というものなら、子役として出演していた商業演劇のほうがまだマシかも知れない」と思ったのは事実です。

その後も同期の俳優から「別役作品」へのお誘いがありましたが、会場までの道中で体調が悪くなり、会場に行きつく前に帰宅したことも何度かあります。私にはどうも「別役作品」を理解する能力がないのかも知れないと思ったのは事実です(笑)

さて、その後、劇団を辞めることになって、他劇団から出演依頼がありました。
それも「別役作品」だったのです。
確か「とうめいなすいさいが」という作品でした。

「これはなんとしてでも別役作品に取り組まねばならない」と思って台本を読みました。
すると…

男A「こんばんは…」
男B「こんばんは…」

とあるではありませんか!

その時に理解したのです。
別役作品では、ほとんどのセリフの末尾に「…」があるのです。
あ〜〜〜これは〜〜〜〜〜!
劇団(特に「新劇」をやっているところ)はセリフを偏重します。そういう演劇では「…」を物理的な「無言の間」と捉えます。
だから別役作品では「妙な間」ばっかりになってしまうのです。

しかし、私は違う解釈を持っています。
セリフというのは取りも直さず「心の発露としての言語」です。しかし、人間には「わざわざ言葉として発しない思いや考え」があるはずなのです。それが「…」ではないでしょうか?
別役氏はそれを台本に書き表したかったのではないかと愚考します。
もし、この仮説が正しければ、「普通に会話せよ」というのが別役氏のメッセージではないでしょうか?
さらに「セリフを発言するときには、『言葉にならない思い』を持ちなさい」ということではないかと思います。

やはり演技と言うものは「人間とは何か」を探求する行為だと思います。

間違っていたらゴメン!!
なにせバカなので…   (おっと、やっぱり「…」が付きましたwww)

【私が演出した別役作品】(いずれも別役氏ご本人および著作権管理団体から上演許可取得済み)
●「卵の中の白雪姫」
●「歌うシンデレラ」
●「受付」
●「死体がひとつ」(「絶望居士のためのコント」より)



posted by 塾長 at 02:16| Comment(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

演出や指導者に必要なもの 4〜情熱(思いやりの強いやつ)〜

何をもって「情熱」とするかはむずかしいですね〜。

●自分が演じたり、自分が演出する作品をやりたくてしょうがない。
●出演者やスタッフを育てたい。
●どうしてもこの作品を世に出し、知らしめたい。
etc,etc.

何に「情熱」を傾けるかは人によっても状況によっても変わるでしょう。

「演劇」というものには「三位一体の法則がある」と聞いたことがあります。
つまり、「演劇」に欠かせない要素のことなのです。
曰く、

「観客」(作品を享受する人)
「演者」(作品を演じる人)
「空間」(作品を享受する人と演じる人の共有空間)

いずれか一つが欠けても「演劇」は成立しないというわけですね。
これはほかのメディアでも通用する考え方だと思います。

私が演出するときもこれら3つのことを考えます。

なによりも観客やリスナーに喜んでいただかないといけないでしょう。
今年のように感染症のリスクがある場合はそれにも注意を要します。

面白い作品を提供するための努力としては、演者やスタッフにあらゆる意見を求めます。
「そのセリフで意味が観客にわかるか? 書き換えた方が良いか?」
「音の入るタイミングはそれで良いか? もっと効果的な音や入れ方はあるか?」
「照明の明るさや角度はそれで良いか? もっと良い方法はあるか?」
etc.etc.

もちろん常に演者やスタッフが自分の意見や疑問を口にしやすい環境と雰囲気を作ることにも留意はしているつもりですが、十分かどうかはわかりません(笑)

また受付その他、お客様と直接関わるスタッフにも指導と配慮が必要です。
言葉遣いや態度はもちろん、現在のような環境ならばマスクの配布や手指の消毒液を用意するとか、さまざまな場所の清拭も指示しないといけないでしょうね。さらにはイベントの中止も考慮しないといけなくなるかも知れません。

演者やスタッフについては、さきほど創造的な部分での主体性を重んじることに留意はしていますが、「無理をさせていないか」「理不尽な指示をしていないか」「指示をし忘れていることはないか」という反省が常に必要でしょう。

共有空間となる劇場やスペースの都合も考慮しないといけません。
使いにくいからとか自分のやりたいことを優先させて会場に無理をさせてはいけませんね。「無茶を言うのが演出」ではないと思います。

「関係する3つの要素を常に大切にする」という考えが重要ではないかと思います。
教育の現場なら「生徒と保護者」「指導する先生」「現場である学校」それら3つですね。
コンビニなどだったら「お客様」「商品」「販売店(お店のオーナー)」でしょうか?
もちろんもっとディテールに分けることもできますが、いずれかひとつが優先されたり、逆に置き去りにされないように留意すれば良いのではないかと思います。

posted by 塾長 at 15:35| Comment(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
✨心温まるクリスマス・メルヘンです🎄 forkN用タイトルのコピー.jpg
ご購入はこちら(Amazon.co.jp)!!