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2018年09月11日

プロとアマ

どんな業界にも「プロフェショナル」「アマチュア」がいます。
仄聞したところシャーロック・ホームズは捜査の「アマチュア」だそうですね?
なんでも本業は不動産屋さんだとか?
でも、推理に関してはプロフェショナルである警官より凄腕なんですね。
南方熊楠によれば「イギリスではアマチュアが評価される」とのことです。

確かに私のいる業界でも、ナレーションや吹き替えや演技に関して「抜群にうまいアマチュア」はいます。いやいや、私なんか足元にも及ばないくらいウマイ人がいるのは事実です。
ただ、その人にとっての優先順位が問題なのです…。

テレビCMやドラマなどに出演している子役と言うのは「プロフェショナル」です。
子供には学校や塾がありますが、テレビ、ドラマ、映画というのはそんな時間はお構いなしにスケジュールが組まれます。それはわざとではなく、ほかの出演者その他の様々な都合を勘案した結果なのです。
だから子役は、たとえその仕事の時間が学校時であっても塾の時間であってもそれを後回しにして「出演」を優先させます。これがこの業界のプロなのです。ですからよほどの事情が無い限り、この業界では「子供と言えどもプロを起用する」ということになります。
なぜならアマチュアは「出演」より優先順位の高いもの(授業や塾や習い事)があって、いざというときにそれらを優先させてしまう可能性があるからです。
この業界では「アマチュアを起用する」というのは相当な冒険です。
なぜなら、いざ本番というときに「すみませ〜ん、行けなくなったんです〜」と言いかねないからです(笑)
むかし、ある専門学校で指導していた時、できるだけこの業界を体験させてやろうと思って専門学校生に出演する機会を成立させたことがありました。(もちろんギャラつきで…)
ところが収録当日に現場に来ていないという連絡がありました。
学校を通じて本人に連絡してもらうと、その電話で「いま起きた〜」とのこと(汗)

あわてて現場に直行し、スタッフや制作に頭を下げて回りました。
しかし、現場では私に怒りをぶつけたりはしません。そこは「プロ」ですね〜〜〜。
その代わり、その制作会社からの仕事は来なくなりましたwww。

また先日、ある人にアテレコ(吹き替え)の仕事が発注されたので動きました。
その人にはあるアニメ作品に出演してもらったのです。そこでまた同じ役で出演依頼があったのです。
「ヤバイな〜〜〜」
と思いながら連絡がやっと取れてみると、思いのほか本人も喜んで「ぜひ出演したい」とのご返事です。これにはホッとしましたが、「別な仕事をやっていて出演できるかどうかわからない」というではありませんか。そこでスケジュールの調整をお願いしました。すると…
「なんとか収録日には休みが取れると思う」「きっと大丈夫だが100%ではない」
というご返事です。
これには困りました…
「思う」「100%ではない」という返事にOKは出せないのです…(涙)

結局、同じ役で発注してくださった制作会社にはお詫びを申し、声優本人にもお詫びを言って、別な声優を提案することにしました。
幸い、この第2の声優のスケジュールが確定できたので事なきを得ました。

これからプロの俳優、声優、ナレーターになろうとする人に申し上げたい。
ほかの仕事と同じく、この業界でも

「技術はともかく、責任を持って仕事に取り組める人がプロなのです」

学校の授業を休んだり、レッスンを休むような人はアマチュアですな(笑)

posted by 塾長 at 18:25| Comment(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

ナチュラルかリアルか、あるいはスタイルか、はたまたこだわりのなさ?

ある時代劇ドラマを見ていました。
時代劇を見ていていつも思うのは、その演技および演出がナチュラル(日常的)を求めているのか、リアル(虚構とは言え現実感がある)を求めているのか、単なるスタイル(様式)を求めているのか、そもそも何も考えていないのかという疑問です。

まあこのことは現代劇でも言えることなんですけどね?

現代劇で言えば映画の予告編とかドラマの番宣(番組宣伝)の映像を見ておりますと、短いカットで「号泣シーンが連続」していることです(笑)
日本の演技や演出は「涙と言う液体を目から流す」ことにものすごい重きを置いているようです(笑)
聞くところによると子役などは「10秒以内に涙を出せることが必須」なのだとか(笑)
これは演技ではなく「芸」ですね(笑)

さて、少し話を戻しまして…
文字で場面をお伝えするのはいささか無理がありますが、時代劇(江戸時代ね?)で下記のようなカットに疑問を持つ次第です。

【カット1】
家の勝手口の板戸を「ノックする」のだが、それを拳(こぶし)、それも裏拳で2回トントンとやる。

う〜ん、ずいぶん現代的と言うか西洋的ではないでしょうか?
もっとも現代では日本でもそのように行うので、多くの日本人には違和感はないかも知れません。しかし、自分の子供時代(ショウワ)ですら「戸は手のひらでたたく」というのが一般的な習慣であったように思います。コンコンではなく「バンバン」でしたなぁ〜。

【カット2】
両腕、両足を交互に全力疾走〜!

う〜ん、もともと人間の歩き方は「なんば」であったはずなんですね。つまり右足と右手、左手と左足が前に出るというやつです。腕と足を交差させる現代的な歩き方や走り方は明治以降に西洋式軍隊行進が取りいれられたことに由来すると思うのですが…。
おそらくではありますが、明治以前は「ニンジャ走り」が普通だったのではないかと愚考します。
ところが面白いことに牛などは「交差歩き」をするようです(驚)
すなわち@右手〜A左足〜B左手〜C右足といういわゆる「交差」です。だから走ったら速いのかな??

【カット3】
店の前の鉢植えに水をやるだけなのに、なぜか満面の笑顔

これは現代劇などでもよく見かけます。
昔、京都を舞台にした現代劇映画の1シーンでヒロインが出勤時に家から自転車で走り出すのですが「なぜかニッコニッコしながら道を疾走する」というのを見ました(笑)
なにがそんなに嬉しいのかわかりませんでした(笑)
う〜ん、時代劇に出てくる居酒屋の女衆も皆さん笑顔良しで愛想の良いかたが多いようですが…そんなにアピールしなくてもと思います。

ほかにも言いだしたらきりがないくらいにあります。
別に、時代考証を厳密にやれとか、史実を踏まえて演じろとか、イメージなどどうでもいい、というようなことではありません。
時代劇も娯楽作品でしょうからね?

でも、現代劇でも時代劇でも「人間の本来の心と行動」をあまりに無視して、すなわち「あまりにこだわりなくお作りになる」のはいかがなものかと思うクソジジイです。



posted by 塾長 at 17:02| Comment(0) | 演技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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