2018年8月からしばらく閉講します。 また年度変わりに受講生を募集してみます。

小学校低学年から大人まで、年齢も性別も分野も幅広く習うなら「まふじ演技スタジオ」へ!

まふじ演技スタジオ連絡先.jpg ←まふじ演技スタジオへのお問い合わせ

2018年08月29日

まふじ演技スタジオさんの教室移転〜

まふじ演技スタジオさん(大阪教室)が10月に新教室に移転なさるので、その案内です。※田辺教室は引き続き「シータス」で開講

あべのベルタ教室おもてのコピー.jpg   あべのベルタ教室うらのコピー.jpg

上記は受講生募集のチラシです。
チラシうら(右側の画像)の一番上に「ベルタサロン教室」の案内を掲載しました。

新教室は「あべのベルタ」の地下2階にある「ベルタサロン」というところです。
大阪メトロ地下鉄【谷町線】の「阿倍野」駅、7番出口がその地下2階のフロアにつながっています。ベルタに入ったら喫茶店がすぐ見えますので、そこを右に曲がって20メートルほど進めば「ベルタサロン」があります。

ベルタサロン入口   ベルタサロン大教室

9月中にはマイクその他の機材を移動させますので、旧教室と変わらずにボイスパフォーマンスの勉強をしてもらえますし、ベルタサロンはこれまでのほっそ長い部屋(笑)と違って間取りが良いので、演技の勉強も以前よりしやすくなると思います。

まふじ演技スタジオさんは私の主宰していた講座同様にラジオドラマや吹き替えやナレーションや演技の勉強をなさいます。
一方、受講生の顔ぶれは私の講座と違って小学生から大人のかたまで幅広く受講なさっています。意外なことかも知れませんが、大人は子供の演技や表現から大切なことを学ぶことができますし、子供は大人と勉強することで社会勉強にもなります。(ちいさな人の演技は凄いらしいですよ!)
未成年のかたが受講なさる際は保護者のかたの同行も大歓迎だそうです。せっかくなので一緒に演技してもらったら楽しいかも知れません(笑)
実際に演技にハマる保護者もいらっしゃるそうです(笑)

皆さま、ぜひ「まふじ演技スタジオ」さんで、楽しく演技をなさってください!
私もいつか同じ教室で講座をやれるとうれしいですね〜


posted by 塾長 at 11:27| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

ア〜〜〜が、オ〜〜〜きい!

いろいろなレッスン現場に行きます。
熱心な人が集まっている養成所などに行きますと、レッスンの前に個々が自主練習というのでしょうか、「ア〜〜〜ア〜〜〜〜ア〜〜〜!」「声出し」ということをなさっています。どうやら発声練習というやつなのでしょう。
ほかにも「アッ、アッ、アッ、ア〜〜〜〜〜」というのも耳にします。

確かに「ア」という母音は強く、大きく出る音なので、「声が出てる〜〜〜!!!!」という満足感や解放感は得られるでしょうね(笑)

以前、このブログにも書いた記憶があるのですが、この「ア〜〜〜〜」という発声は個人的な満足感は得られるのかも知れませんが、声を使う人(俳優、声優、ナレーター、アナウンサーなど)にとっては、あまり有益ではなく、むしろ害になるのではないかと危惧しています。

少し話を戻しますが、ア母音とオ母音は誰でも大きな音で出ます。
人間は急な痛みに襲われたとき、思わず「アッ!」(ア〜〜〜〜ッ!)とか「オッ!」(オ〜〜〜〜ッ!)って言うでしょう?
その時に「発声」のことなんか考えませんよね?
思わず出るところの出やすい音がアとかオなのです。

つまり放っておいても「出やすい音」がアとオなのではないでしょうか?

ところが世間で行われている発声練習とやらは「ア〜〜〜〜」がデフォルトであるようです(笑)
ただでさえ「出やすいア」を使って声帯その他発声器官を鍛えるのですから、ますます「ア」だけが強化されてしまうということにつながります。

その結果を画像でご覧いただきましょう。

アとオ母音を抜き出してみた.jpg

一目でわかりますが、波形が上下に大きく伸びているところがアまたはオの母音です。
つまりアあるいはオの音量(声量)の大きいことがわかります。

実際の音声は著作権やプライバシーの問題もあり、お聴きいただけないのですがお許しください。
ただ、、これはあるCMのナレーションです。
その音声ファイルは、残念ながら非常に聴きにくいというか耳障りなナレーションではありました。
(そのほうが印象に残りやすいといえばそうなので、CMの目的は達成できているかも…www)

耳に心地よいナレーションというのは、「5つの母音の音量レベルが、ある程度揃っているもの」だと思います。眠たくなってしまう可能性はありますが(笑)

こう考えて行くと、「耳に残ること(聴覚的インパクトの強さ)」を目指すのか、「心に残ること(意味的な強さ)」を目指すのかという選択になろうかと思います。
難しいですね〜〜〜!!

例示すれば、ある回転すしチェーンのCMナレーションは前者で、ある焼酎メーカーのCMは後者のような気もします(笑)
具体的に言えないのところが辛いのですが…。
いずれにしても「表現」というのは「内なる何かを自分の外に向かって伝えること、伝わることが目的」ではあると思います。
そういう意味でいずれかが勝っているということではありません。

しかし、発声訓練という狭義で言えば、「ア〜〜〜〜〜」という発声訓練は止めたほうが良いでしょう。
発声とやらを教える側の大きな問題だと思います。

教わる側(受講生、学生、研究生)は教える側(先生、コーチ)の言うことを鵜呑みにしないようにね!
…あ…私の言うことも同様です(笑)

追記■申し訳ありません! 「ある回転すしチェーンのCM」を聴いてみましたが、母音の発声は均等でした(汗)。声帯の使い方が独特で、それによって「音としての印象の強さを目指したもの」であるとわかりました。すみません!









posted by 塾長 at 04:26| Comment(0) | 発声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

朗読ミュージカルの稽古を始めました〜!

8月20日、いよいよ第2期の稽古が始まりました〜!!

第2期からの稽古場である「天王寺区民センター」での稽古です。
演出および指導に当たっていらっしゃる中井敬二先生は、これから、稽古のたびにキーボードを担いで来られることでしょう(笑)
また区民センター所有のラジカセも借りて、レパ(歌)の指導をなさいます。

中井先生は作品に込められた「思い」や「願い」を第一に指導なさいます。「音程の良し悪しや、セリフの言い方などにこだわってはいけない」と説かれます。音楽の先生であったにもかかわらず、その曲や、歌詞に込められた「魂(たましい)」を大切にしたいとお考えなのですね。
私もその考えに共感いたしますし、私が指導する際も、それこそが大事と申します。

さて、さすがに第2期の始めですので、参加者は、レパートリーの音取りに四苦八苦なさっていたようです(笑)
う〜ん、参加者の皆さんには、今まで以上に作品やオリジナルナンバーに取り組んでほしいと思います。
自分を追い詰める必要はまだありません。
カラオケや楽譜は参加者に配布して、自主練習できる環境を作っておりますので、時間のある時に「なんとなくカラオケを聴く」「歌詞を読んでおく」だけでも向上します。

制作担当および音響スタッフをやる私も、参加下さった皆さんが稽古や本番で困らないように考え、対応してまいろうと思います。

これからも色々な問題や困難が個々にあることでしょう。
でも、前回のブログでも申しましたが…

「努力しておれば誰かの助けがある」

※「求めよ、さらば与えられん」ということですwww

ということを信じて稽古に励みましょう!
ガンバエ〜〜〜!!!

posted by 塾長 at 02:47| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

8月15日

ネット上でのいろいろな発言を見ます。
「憲法9条を守れ!」
「平和ボケの9条信者www」
「こどもや民間人を戦争に行かせるな!」
「日本には自衛隊という精鋭戦闘組織があるんだから民間人なんて足手まとい! 徴兵制なんてあるはずないwww」
etc,etc,

確かに「あの戦争」で多くの命が失われました。
このことは右も左も、戦争ロマンチストも戦争アレルギーも異論はないでしょう。
それを踏まえてですが、「憲法9条を守れ」という意見に対して「平和ボケと一笑に付する人々も平和ボケ」ではないかと思うのです。
なぜなら戦争はイデオロギーのみならず、「人間という存在」および「人間性という精神」をズタズタにするものだからです。
私と言うクソジジイを含め、本当の戦争を知らない人が多くを占めるようになったこの国です。
しかし、ちょっと想像力を働かせれば、また歴史を振り返れば、戦争がどういうものかわかるのではないでしょうか?

「戦争に行かせるな」という意見に対して「足手まとい」「徴兵制なんかあり得ない」という意見もあるようですが、「自衛隊員でない人は戦争に無関係」でいられるでしょうか?
戦闘訓練をしていない民間人には「今と変わらぬ平和な生活」が保証されるのでしょうか?
これも想像力を働かせられればわかることではないでしょうか?

年金制度でもそうでしょう?
「年金がもらえないようなので払わない」という人に対して「年金制度はなくならない」と断言する人もいます。
私も「年金制度はなくならない、破たんなどしない」と思います。だって、「絶対にこれだけ払う」という確約なんぞないんですから、仮に「1か月10円支給」になっても、それは「年金」ではあります(笑)
仮に「確約」があっても、ときの政権が反故にできるシステムを、そのときの政権自身が決められるシステムも作ろうとするでしょう。
支給年齢規定に関しても、どんどんと上がっています。60歳だったのが65歳になり、70歳に延びる可能性もあります。いや、きっともっと先送りされるでしょう。「そのほうがトクですよ」などというまやかしで…。
つまるところ「死ぬまで働け」という考え方になっています。それを決めたのは老後に金の心配をする必要のない「議●年金」のある皆さんです(笑)
こんな風に「小さなことからコツコツ」と、国民は辛い生活を死ぬまで送ることになる国のシステムになるかも知れないのです。
「小さなこと」を見逃さない意識が必要です。
これは私たちの日常生活にも言えることだと思います。
「蟻の一穴」はとんでもない苦境を広きにわたって招く可能性を秘めているのです。

話を戻して、もちろん「有事」に備えている自衛隊員にも家族があり、友人があり、恋人もいるかも知れません。多くの自衛隊員は平和であることを望んでいるのだろうと思います。でも、事が起こった時には命をささげる覚悟を持っていらっしゃるだろうと思います。
その傍証として、災害に見舞われた国民のために働いてくださっています。おそらく多くの国民がその存在を認め、感謝しているのではないでしょうか?
きっと彼らの多くの本音は「戦争など起こってほしくない」「国民の財産と生命守る」ということではないでしょうか?
わかりませんけど(笑)

どこかの国のトップが言う「国民の生命と財産を守る責任」という美辞麗句ではなく、自衛隊員の多くは本心からそう思っているのではないかと思いたいクソジジイです。

この国には戦争ロマンチストがいます。そういう人がこの国の主導権を握るようにもなりました。
でも、そういう人たちこそ「戦争の実相を想像できない平和ボケ」なのだと思う私です。

「隣の国が攻めてきたらどうするんだ」という主張をし、「戦争できるように憲法を変えるんだ」と声高に言う人もいますね?
確かに戦争なんぞ起こったら大変です!
でも、戦争を仕掛けるのは「隣の国だけ」だと断言できるでしょうか?
ひょっとしたら、状況によって北の国もあれば西の国、南や東の国かも知れないでしょう?
それらが万一結託して極東の島国を我がものにしようとするかも知れません(笑)
逆に伺いたいのですが、「隣の国以外は侵略しにこない」と言い切れるものなのでしょうか?
そう言いきれる論理的、客観的な理由はあるのでしょうか?
バカなジジイですみませんが、わからんのです(笑)
「人生では何が起こるかわからない」というのが摂理ではないでしょうか?

8月15日…
あの戦争で失わされた多くの命に思いを馳せ…
戦争に勝つ努力ではなく、戦争を起こさない、あるいは起こさせない努力をせねばならんと思うクソジジイです。
posted by 塾長 at 00:10| Comment(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

朗読ミュージカル第2期の稽古始動!

今年の3月に出演者を募集した「パクさんのリアカー(ミュージカル版)」の稽古も第2期稽古期間に入ります。
酷暑のみぎり、参加者には無理をさせてしまいますが、お許しくださいね!

当初21名の参加者で始めた稽古ですが、第2期は18名になりました。
(当初の人数より3名のかたが辞退されましたが、それぞれに都合やお考えがあります)

一番若いかたは17歳!(現役高校生)で、一番のご年配は70歳くらいです。
幅広い年代のかたがたに参加していただけて、私も大変喜んでおりますし、作品に登場する人物も、「6歳から80歳過ぎ」という設定ですので、この物語と、ある程度一致しております。これも偶然ながら嬉しいことです。

第2期は「歌の稽古が中心」なります。
もちろん朗読部分も一緒に稽古しますが、「歌も朗読もずいぶんと稽古が必要になるだろうな」と推測しております。
また多くのかたがマイクに慣れていらっしゃらないので、その稽古についても計画せねばなりません。
まだまだ課題のある公演準備ですが、出演者の皆さんが困らないように稽古の進め方を考えてまいります!

でも、いい加減な私は、「出演者の熱意があれば公演は成功する」とも考えてしまうのです(笑)
不思議なことですが、つまらない人間である私の経験則で言えば、「努力さえしておればどこからかの助けがある」とも思います(笑)
私はそういう意味で幸せな人生を送ってきたのでしょうね。

生の終わりを迎えるときにも「アリガトウと言える人間でありたいな」と思ってしまいます(笑)
そう言える人は、きっと幸せだったのでしょうね〜〜〜。
あ〜〜〜幸せでいたい〜〜〜!!!

posted by 塾長 at 01:52| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月08日

第10回講座「吹き替え」B

おかしいな〜、今回で通しで10回目のレッスンなのに…(笑)
なぜかブログには「第8回」までしか書いていません。1回、書くのが抜けたのかな?

まっ、ひとまず今日で梯雲演戯ワークスタジオはいったん閉講になります。

今日はオリジナルアニメーション(?)の「マルチバーガーDX」の吹き替えを体験してもらいました。
紙芝居みたいなアニメーションですが、お二人の受講生はいずれもよく予習してきてくださいましたので、微妙な部分でズレはあったものの、ちゃんと吹き替えをしてくださいました。
面白かったと思います。
それに、お二人とも「演技」が良くなったと思います。少しは私もその表現力の向上に役立ったのかも知れませんね(笑)
今日の実習映像はまた受講生にお送りします。

プロのナレーターでもそうですが、予習をきっちりやっておかないと現場でとんでもないことになります。
またそのちゃんとした予習は、仮にそのときの現場では失敗しても、次に活きてくるものだと私は思いますし、そうして徐々に「プロ」になって行くのです。
面倒で、ややこしい練習かも知れませんが、そういう地味な稽古を積み重ねられる人だけが力をつけて行くのでしょう。
また、できる限りその予習を楽しめることも大切です。
これからプロの声優、ナレーター、俳優になろうとする人に贈りたいアドバイスです。

アドバイスと言えば、講座はいったん閉じてしまいますが、このブログの記事は、こう言う業界を目指す人の役に立つことがあるかも知れないので、続けていこうと思います。
幸い、大学や高校やタレント事務所などでも引き続き演技やナレーションを指導してまいりますので、指導力はあまりサビないのではないかと楽観しています(笑)
「教える」ことも勉強であり、「教えることを勉強」するのも大切ですね!
私は未熟ですので、これからも学問を続けてまいりたいと思います!

これからも宜しくお願いいたします
posted by 塾長 at 21:39| Comment(0) | レッスン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月07日

クリスマスに贈る物語「パクさんのリアカー」❺」

私が小学生の時、担任の先生がホームルームで突然こう言いました。
「ところでR君のことやけど、今日から『M君』と呼ぶように」
はぁ???????
私はR君と仲が良かったわけではなく、むしろ、私とR君の間にあった、ある因縁によって、どちらかと言えば「嫌いな」クラスメートでした(笑)
でも「なぜ、名前を変えるのか?」という疑問はありました。

歳を取るにつれ、なんとなくR君がM君と呼ばれるようにならざるを得なくなった事情がわかってきましたがね?

R君のお父さんは顔にアバタがあったのですが、子供のころの私はそれを父親に尋ねました。父親は、
「あれはミッチャと言うんや」
「ミッチャ?」
「アバタのこっちゃ」
「アバタって何やのん?」
「チョーセン人は天然痘のワクチンを打ってないのが多いんや。それであんな風なブツブツの、夏ミカンみたいな顔になるんや。天然痘になったら死ぬか、生き残ってもあんな顔になるんや」
と言いました。

生きるか死ぬかという天然痘の恐ろしさはともかく、父親の言葉に、やや「差別的」な意識があるのを感じました。
そして、「差別」とか「嫌悪」というのはどこから来るのだろうと考えました…。
そんな思い出がずっとあって、物語の主人公である人間は在日朝鮮人(韓国人)にしようと思いました。
(くれぐれも申しますが、私は「国籍や人種の差別をなくしましょう!」という意図で物語を書いたのではありません)

また「国籍」はともかく、リアカーを引いている人の中には犬を連れている人が多かったのも思い出しました。
なぜ、犬を連れているのでしょうか?
きっと一緒に寝るときに「暖かい」からでしょう(笑)
面白いもので動物は、飼い主の人種や性別や年齢や社会的地位、経済的地位なんぞ意に介しません。あくまでも仲間であり、特に犬は、飼い主をリーダーだと認識しているようです。

考えてみれば人間の赤ちゃんもそうです(笑)
赤ちゃんの誰もが親を選んで生まれてくるわけではないでしょう?
赤ちゃんは親に頼るしかないのです。その親の社会的地位や経済力などとは無関係です。でも、赤ちゃんや子供は親に頼らざるを得ない弱い存在です。
そこに損得勘定はありません!
ただ、「生きる」という本能があるだけなのではないでしょうか?
この動物や赤ちゃん、幼児の損得勘定のなさ「可愛らしさ」「可哀らしさ(哀れむべき)」につながっていると考える私です。

バカな私は私ごときに習う学生たちにも「損得勘定をするな」と言いますし、「可愛(哀)がられる人間になれ」と偉そうに説教します(笑)
「誠実に行動しろ」とも「嘘をついてしまう弱い自分を認めろ」とも言います(笑)
「怠けたい自分を叱責しろ」「でも怠けたい自分を理解(肯定ではない)してやれ」とも言います(笑)
「人間は矛盾した存在である」とか「人間の悲しみに思いを馳せろ」とも言います(笑)

私はほんとうにバカなのです(涙)

そのバカが書いたクリスマス物語を聴きにおいでください

posted by 塾長 at 03:17| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月03日

クリスマスに贈る物語「パクさんのリアカー」❹

まずはリアカーを引いて、廃品やダンボール集めをしている人を描写しようと思いました。
どんな人なのでしょうね……?

そもそもそんな廃品回収を「事業」にしているのは……?
そうそう!
私の両親は、ある組合の会計事務所の経理を担当していたのですが、その中に廃品回収業をしている会社がありました。
そこの経営者は在日朝鮮・韓国人で、いつも私の実家である会計事務所に来ては「ネエちゃん(私の母のこと)、チェキン(税金)マケテて(安くして)ぇな」と訴えていました(笑)
私の家が税金を徴収するわけではないのですが…(笑)

組合員の多くが、このような廃品回収業(ダンボールを始めとした紙類、衣類、金属、ガラス類)をしていました。
両親が担当していた会計事務所は、そういう自営業者の組合の税務処理を税務署から認可されて実施していました。

当時、様々な業種の組合員がいました。
国籍も違えば、当時としては珍しい女性経営者もいました。
陰では、そしてさらに場合によっては公然と、あの人たちは蔑まれ、バカにされ、差別されていたように思います。
チョーセンのくせに、オンナのくせに、というやつです(笑)

その差別意識は今も残っていますし、現代では昔よりも露骨になっているように思います。またその差別を「正義」とするような風潮が蔓延しているようにも思います。
皆さんもそういう現在の風潮は御存じでしょう?
いじめ、パワハラ、セクハラ、権威・権力主義、ヒエラルキー(階級)、利益・効率優先主義、それらは国家の最小単位である個人や家族をズタズタにします。
それらはいつの日か全体主義的な戦争に向かうのではないかとも危惧するのです。
考え過ぎかも知れませんが、歴史を振り返ればそんな風に感じます。
親が自分の子供を殺すというのも、こういう意識に由来するのかも知れません。

小さな見過ごしが、取り返しのつかないことにつながる可能性があります。
「小さなことからコツコツと」は、決して良い結果だけを導くものではないのです。
「罪を憎んで人を憎まず」というのは行動の是非を問うものであって、「存在」そのものを否定するものではないのではないでしょうか?

このようなことを考えて、廃品回収をしている主人公を「在日2世」あるいは「3世」にしようと思いました。
「行動」ではなく「存在を否定されている人間」を主人公にしようと思ったのです。
大事なのは『「である」ことではなく「する」こと』というのは私の高校時代の国語の教科書の一節です。

そして「パクさん」というおじいさん(=おそらく一部の人にとって生産性のない人www)が物語の冒頭に現れました。


posted by 塾長 at 21:39| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

クリスマスに贈る物語「パクさんのリアカー」❸

当時の塾生の皆さんは、一所懸命に「クリスマスにふさわしい物語」を探してくれました。でも…

内容がどうしても小さな子供向けだったり、
(このクリスマス朗読会は大人も子供も楽しめるものにしたい)

宗教的に過ぎるものだったり、
(もはやクリスマスは宗教ではなく文化・慣習である)

いささか文章表現が稚拙だったり、
(読み物としてはいいかも知れないが、聴かせものとしては…)

というような問題がありました。

ある塾生が「先生、もう(新しい作品は)ないです…」とおっしゃいました。

そこで私は「自分でクリスマス物語を書こう」と決めたのです(笑)
これが2010年の夏のことでした。

クリスマス…クリスマス…クリスマス………
クリスマスには何がほしい??
クリスマスってどういう日だ?
クリスマスはどうあってほしい?

色々と考えました。

さて、その頃、私はあるお菓子メーカーさんのTVCMナレーションをレギュラーで担当していました。
そのお菓子は大変人気がありました。

「あ〜〜、あのお菓子を来場者にプレゼントしたら喜ばれるだろうな〜」
(「クリスマスには何がほしい?」に対する一つの答え)

厚かましい私はそのメーカーにお願いして来場者分のお菓子を送ってもらうことにしました。
メーカー様も私の意向を快諾してくださり、お送りくださることになりました(笑)
これでひとまずご来場者の皆さんへの「クリスマスプレゼント」は確保しました。

今でこそ物流が充実していますが、昔は「運ぶ」ことも大変な労力だったでしょうね?
そう考えたとき、「モノを運ぶ人」に思いが至りました。
「汗を流して、力を尽くしてモノを運ぶ人」を回想しましたら、リアカーで段ボールを集めて資源回収業者に持ち込む人を思い出したのです。
世のため人のためなどという高邁な思想などではなく、「今日一日を生き延びるため」の仕事ではあるでしょう。しかし、本人の認識とは別に、結果としてその仕事は世のため人のためになっているかも知れませんね。
今も昔も、「仕事」とはそういうものかも知れません。
ただ、ひたすら一所懸命に「ただ、自分や家族の命を守るため、食べて生きていくため」にやっていた仕事がほかの誰かの幸せにつながるというのは嬉しいことですね?
それがクリスマスに実感できたら??
(「クリスマスってどういう日だ?」に対する一つの答え)

モノを誰かに与えたいと思っていて運ぶ手立てのない人
モノを運ぶ手立てはあるけれど自分の存在意義を感じられない人
そのモノを待ち望んでいるけれど手に入れられず困っている人

そういうことを考えていたら、
「お菓子屋さん」
「リアカー引き」
「児童養護施設」
というキーワードが自分の心に浮かんで来ました。

そして何より「クリスマスはどうあってほしい?」という自問に対する答えが出ました。

「すべての人々が幸福でいられることを互いに願う日」


これが私のクリスマスです(笑)

さあて、物語を描きましょう!

posted by 塾長 at 04:28| Comment(0) | イベントその他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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